嫌われたままでいい、覚悟をきめた日
新学期もはじまりました、七子です。
スタートしたばかりなのに親子でもんもんとしています。
ひとりぼっちの息子
クラス替えで、息子は仲のよかった子と離れてしまい、今のクラスには遊べる友だちがいないそうです。
(1、2年生のときに仲のよかった子はいるけれど、息子のなかではもう仲良しとは認識してないらしい)
近所の子はほかに遊ぶ仲間がふえ、息子が誘ってもフラれてばかりです。
でも、そこで自分で友だちを広げていかないと、この先の学校生活が真っ暗ですよね。
人見知りなので時間はかかると思いますが、しばらくすれば慣れてくるはず、、。

私は、LINE 送る??
ご近所さんの子どもと息子が同じクラスになり、
この一年は同じクラス……
なにかしら連絡をするかも??
ママさんにLINEで挨拶くらいしたほうがいいかな?
(連絡先を知っているので)
でも、息子とは一度も遊んだこともなく、性格もまったく合わなさそう。
う〜ん、この人、私を無視してるんです。
私を嫌っているママ友と仲がよくなり、それから挨拶しても無視。
(それ以前はむこうから声をかけてきてました。)
あまり気にしないようにしていても、良い気分ではありません。
でも、ご近所さんだし。
でも、無視するくらいだし。
でも……
私ひとり、堂々巡りがつづきます。
これまでの関係が、、
ウダウダ考えていて、思い出したのです。
相手の、私への扱いを。
・緊急時の子どもの迎え要員にされた。
(仲が良い人は仕事しているので、仕事をしてなくて家にいる私に頼んた)
・卒園したら「制服をゆずって」とLINEしてきた。
……いきなり「ゆずってー」って。いきなりLINEで。
説明も一切なし。
そこの子ども達はすでに通園してるのに。ちょいだいって何?
しかも、無視してる人に物を催促するの??

・子どもたちは好き勝手
その家の子は、友だちと「ご近所の家を制覇する!」と遊びに押しかけまわる。
下の子、園児も連れてくる。
帰ると、そこの家の間取りやおやつなどを母親にペラペラと話して、そのあとご近所へ話がまわる……
私からすると、ナシ なことばかり。
ここまでできるなんて感覚がちがうな、と。
自分を見下さない
こういう人には「おたがいさま」は通用しないのでは?
相手が私をきらいで無視してるのに、よろしく、と言うの?
こういうのをガマンしてまでお付き合いしたほうがいいのか?
NOーー!

もうすでに関係は壊れているのに、こちらから頭をさげることないな。
私が悩んでいる間に、むこうからもLINEもない。
ということは、むこうも必要としていない。
いや、きっと悩んでもいない。一緒かよ、ウゼー。くらいしか思っていない。
ご近所だからなんとかしなきゃ、と自分を低く見せるのは止めた。
ただLINEを送らないだけ、それだけを私ずっと悩んでた。
今もこうして書いて気持ちを消化しようとしてる。けど、まだウダウダ悩むんだろうな。アホだな、私。
でも、これも私。
コミュ力が低い
息子に負けず劣らず、私もコミュニケーション能力が欠如しています。
きっと今回みたいなことも上手く丸くおさめることができる人もいるはず。
でも、できない。
私は、そこまで根っから悪い人ではないハズ、、(自分で言うかー?!)
でも上手いこと、人と関われない。
実際、友だちもいないし。

それでも生きていかないといけないです。
どんだけ不器用でも、嫌な態度とられても、生きていくしかないです。
私がもっと上手だったら息子にアドバイスできただろうなと思いながら、
でも、できないもんはしゃーない、、
ゴメン。
さいごに
きっと嫌われてしまう自分にも問題がたくさんあるんだと思います。
そこに気がつかないことが、きっと脳のクセ、歪みがあるんでしょうね、、。
とはいえ、すべての人に好かれるなんてムリしなくていいと割り切るしかない。
挨拶、礼儀、お金、はきっちりして、こんな性格で生きていきます。
お店の「お子さま」プレゼントは何歳まで??
こんばんは、七子です。
まん延防止等重点措置もおわり、久しぶりに美味しいお店でランチを楽しみました。
早めに到着して混みあう前に食事ができてよかったのですが、、
はて? ちょっとしたギモンが残りまして……
今回はそれを取り上げてみます。
お子さまプレゼントは何歳まで?
たまにありませんか?
ご飯屋さんのレジ近くに置いてある、子どもにもらえるプレゼント。
お子さまランチに付いているものは注文したら当然もらえます。
それではなく、お子さんにどうぞ~って無料でもらえるお菓子やオモチャ。
そのお店はお子さまメニューがないので、店員さんがなにかの折にプレゼントしているのだと思います。
前回行ったときに息子がジィーっと見ていると、店員さんがどうぞと言ってくれて、息子もニコニコで頂きました。
息子はそれをしっかり覚えていて、またもやジィー、、
でも今回は忙しくなってきた店内でだれも気がつきませんでした。
結局そのまま帰りました。

世間の常識は? うちの意見
あの、お子さまへのプレゼントって何歳まで?
なんでしょうね?
お店に「小学生までOK」とか「5さいまでだよ」と書いてあると分かりやすいのですが、何もないところのほうが多いです。
これは息子にたいしての私の意見ですが、
園児まではOK!
小学生 低学年まで??
それ以降の小学生まで、は
「欲しいなら、じぶんで店員さんに聞いてみる」
ということにしていました。
息子は人見知りがはげしいので店員さんに聞くのはとても度胸がいります。それをしてでも欲しいなら自分でやってみなさい、という考えからです。
まあコロナ禍になり外食自体が減ってしまったので、息子が聞く機会はほとんどありませんでした。
なんか、ちがう。
で、今回。
うーん、、それでいいのかな?
と疑問がわいてきました。

春から小4になります。
背も伸びて、私との身長差は頭一つ分。
ランチは大人の定食メニューをペロリ。
育ち盛りの男子はすでに私よりたくさん食べています。
大人分を食べてしまう(年齢の)子がオモチャもらう?
なんか、違う、、
とはいっても、息子の中身(精神面)は1.5歳くらい下なので、まだまだオモチャに気を取られてしまう……のはコッチの事情で。
お店の人からみれば、こんな大きい子が欲しいの?と思いますよね、、。
意識づけを、意識。
けっきょくオモチャ無しで帰ったのですが、負け惜しみなのか息子は
「だってほしいオモチャ無かったもん。」と。
うーん、そうじゃないんだよな。
そこで私の考えを伝えました。
「お店のプレゼントは小さい子へのものだよ。
小4からは『高学年』になるから、
そろそろオモチャは終わりかな。」
すごく大雑把にですが、
・子ども料金とはだいだい小学生まで
・中学生からは運賃や入場料なども変わること
・オモチャプレゼントはお店のご好意で、小さい子が泣かずにいられるため?
というような話をしました。
息子も大きくなって、オモチャがもらえないからと癇癪を起こすこともほとんどなくなりました。
「ボク、小さい子じゃないもん。」と。

さいごに
わが家ではもうしばらくオモチャ欲しい!という期間がありそうで、自分の思いを言うとか聞いてみる経験や練習させてもらうかもしれません。
まあだんだん興味も薄れていくかな?
(お店での会計額やオモチャの対象年齢などをみて判断していきます。)
逆にいえば、子どもへのプレゼントをもらえる機会もあとわずかってことですね。
子どもの成長って早いなぁ〜。
おやこ旅、おもいでとお土産、お気に入り
先日の地震は大丈夫でしたでしょうか? 七子です。
こちらは震源地から離れていますが揺れました。
まだ余震があるかと思うのでどうか慎重に行動してくださいね。
日本も世界も不安がたちこめます。
なにも怖れずふつうに生活できることが幸せなんですね。
すこしでも気持ちが明るくなるような話題にしようと思います。
コロナ減退でリフレッシュ
コロナ禍の谷間、全国での感染者が数百人と減ったころに旅行をしました。
癒しをもとめてパンダを見に行こう!と。
和歌山のアドベンチャーワールドに行き、つぎの日は奈良へ。
子どもは仏閣には興味がないだろうから、鹿にせんべいをあげるのと、大きな大仏様を見ることにしました。
息子は
「大仏なんてつまんない。
ボクはいかない。入り口でまってる。
入りたくない。
つまんない。ヤダ。
行きたくない。」
ずーーっとリピート。
呪いの呪文か?!
せっかく東大寺の門まで来たのに入らず帰るなんてありえない!!
親は必死で説得しますが、ブツブツ呪文を唱えるばかり……。
こんな観光客がたくさんの場所に子どもだけ置いていくわけにもいかず、夫婦が交互にまわるには時間がかかりすぎるので、ブーブー文句を言う子を引きずっていっしょに入りました。

東大寺へ 興味をひくのは
入ってしまえば、大仏の大きさに圧倒、、されたのは大人だけ。
それでも大仏様に手を合わせて、なかをまわることが出来ました。
出口の手前には東大寺のなかにあるお土産屋さんがありました。
お守りに、Tシャツとかキーホルダーとか。
お店のまえから動かない息子。
旦那が私にささやきました。
「せっかく来た記念だからひとつ買ってあげようか?」
速攻でNO!!
あれだけイヤだとごねた子に記念品など要らんわ、と却下です。
私は出口の際でずっと待っていましたが、なかなか動かない二人は何やら話し合って、その後お店の人にお金を払っていました。
……まったく息子に甘いんだから。
どうしても欲しかった
戻ってきた旦那がふたりの話し合いを教えてくれました。
「どうしても欲しいなら、自分のお小遣いで買ったら?
お父さんが立て替えてあげるよ、って。」
そうして息子はキーホルダーを買いました。
その袋をあけて見せてくれながら
「これ!」と。

見覚えのある、それは
それは、
ずっとずっと「たからものばこ」という名の缶カンに入っていたもの。
はるか数十年前、私が修学旅行で買ったもの。
同じものだったのです!
細かくいえば色とかデザインが変わっていますが、形や出てくるおみくじがいっしょ。
まあー、やっぱりこの子、私の子なんだ。
驚きと微笑みがいっきに溢れました。
家に帰ったあと、
「ボクさー、だいぶつ 見たもんね。
でっかー。
コレ たからもの なんだよ。
うらなってあげるー。」
と私のそばにやってきて、おみくじを振ります。
「おかーさんは、きち だね。」
あんだけさんざん行きたくないって言っといて、どの口が言う?!
半分呆れながらも、
はしゃぐその姿に、自分もこうやって振ってたのかな?と重ねて見てしまうのでした。
でもさ、私はたからものの大吉に色なんて塗らなかったよ。
出た瞬間に分かっちゃうじゃん。
そーいうとこ、似てないよね?
(番外編)
あとで聞いて二度ビックリ!
このキーホルダー、¥330 だそうです。
ずっしり重たい金属でできています。
値上げしていないような?!
ここにも太古の歴史がながれてる?
3.11 思いをつなぐ
七子です。
今日は3月11日。
東日本大震災から11年。
震災のときは私は職場にいました。
まだ息子もいなかったな。
息子からの質問
今日、学校から帰ってきた息子にさっそく質問されました。
「おかーさん、きょう なにしてた?」
なにって、、
何時ごろ?
「えっとー、2時 4じゅう、、7ふん(注)」
注意:正しくは2時46分ですが、息子はまちがえて言っています。
ああー、その時間か。
クルマを運転してたんだ。
「ええー?!
モクトーしてないの??」
なんだ、その非国民的な発言。
しかも「黙とう」が「モクトー」って木刀みたいになってるし。

だって、クルマを運転してるのに黙とうしたら、
目つむってー、、って、事故しちゃうよ!!
あーーそうかー。 と、納得したようす。
ラジオでもね、『運転中の方は心のなかで祈ってください』と言ってたから、お母さんもそうしたよ。
学校で学ぶ、震災と追悼
「ぼくねー、モクトーしたよ。」
学校でも黙とうが捧げられます。
去年まではその意味もよくわからず、ぎゅっと目をつむっていた子。
今年はなんの日か知り、「黙とう」という言葉をおぼえたみたい。
あとで分かったのですが、旗が半旗になっていたことも教わったようです。

震災のあとで産まれた子が、それを学んで知る。
それだけ時が経ったんですね。
どれだけ時が経っても、悲しみは残っています。
この深い意味を息子が知ることになるのはもっともっと先でしょう。
経験はしてほしくないけれど、悲しむ人のそばにそっといられる人になってほしい。
息子の日記の一部です。

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今日は東日本大しんさいがおきた日。はたも半きだったし もくとうもしたよ。
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「ゲルニカ」 あなたの訴えはまだ届かないのですか?
こんばんは、七子です。
ブログを書こうという気になったのに、また沈みかけております。
ロシアとウクライナの戦争がはじまってしまいました。
心が痛みます。
人の自由を、生活を、命を、奪うことは許されないです。
とにかく1秒でもはやく平和になってほしいのです。

小説「暗幕のゲルニカ」
なんという偶然か、いま読んでいる小説が「暗幕のゲルニカ」原田マハ 作 です。
作者の原田マハさんは、ピカソの「ゲルニカ」と2001年アメリカに起こったテロ9.11を絡めて、史実とものがたりを入り交えながら小説に仕上げています。
(まだ読んでる途中です)
世界中でだれもが知っているパブロ・ピカソ、
その作品のなかでもとくに知れ渡る大作「ゲルニカ」。
この絵画はスペインの内戦で起こった、ゲルニカという地域への無差別爆撃をテーマに描かれています。
そして小説のなかでは、ピカソがゲルニカを描いた時代と、2001年アメリカでの9.11の後の時代のニ軸でストーリーが展開されていきます。
(小説はフィクションですが、アートの解説や美術史は専門知識をもとに書かれています)
戦争の悲惨さをつたえる
なぜ、とつぜん小説の話など出したかというと……
かなり昔、若かりし頃に、この「ゲルニカ」を私は見たのです。
圧倒的でした。
呼吸もできなくなるほど。
戦争の哀しさ、惨さ(むごさ)。
亡くなった人たちの声が聞こえてくるような辛さ。
3.5m x 7.7mという
大きな壁が訴えかけてくるのです。
人間はなぜ同じことをくり返すのか?
戦争を経験したことのない私も、その悲痛さに涙がこみあげてきたのです。
たんなる偶然ですが、何十年も経ってあのゲルニカを、いま思い出すのになにか意味があるのではと思えてなりません。
とはいえ、私ができることなんて微々たる寄付くらいです。
早く戦争を終わらせてほしい、そう願うことしかできません。
小3の息子が「戦争」という言葉を見たり聞いたりします。毎日です。
テレビの映像で子どもが歩いて逃げる姿を見ています。
息子には実感はないものの、今、家を出て逃げている子どもがいる、それは理解できたようです。
自分の子どもが、いま起こっている戦争をみている、なんて……。

ゲルニカの複製?? 平和への祈り
ゲルニカには複製があるそうです!?
私は国連にあることを知りませんでした。
jiji.com 2022年02月08日
ーーー
タペストリーは1955年、ネルソン・A・ロックフェラー氏がピカソに相談の上でフランスの工房に制作を依頼。ロックフェラー家から国連に貸与され、外交関係者に戦争の悲惨さを強く思い起こさせる反戦の象徴となっていた。
ーーー
国連に掲げられているタペストリーが1年前に撤去されていました。
それが先月、2022年2月に国連に戻されていたそうです。
国連の方々、全世界の人が、このゲルニカを見て思い出してほしい。
戦争とは悲しみしか残らない
どうか一日でもはやく平和が戻りますように。
